これまで、本ってほとんど読んだことがなかったんですが、面白いと思った人って大体色んな本を読んでいることが多く、また友達からこの本を勧められたので読んでみようと思いました。
そして、理解を少しでも深められるように、自分でまとめてみようと思いました。
概要
まず構成は第1部:認知革命、第2部:農業革命、第3部:人類の統一、となっています。
次に概要です。
認知革命は約7万年前に起こりました。
認知革命は新しい思考と意思疎通の登場のことで、これは遺伝子の突然変異により起こったと考えられています。
具体的には、柔軟な言語(限られた音声や記号をつなげて、様々な意味を持つ文をいくらでも生み出せる)を使うようになったことです。
そして、これにより周りの世界についての情報を共有することや人に関する噂話をできるようになりました。
しかし、真に比類ない特徴は、虚構すなわち存在しないものについての情報を伝達できる点にありました。
これにより、私たちは個人だけでなく、集団で物事を想像できるようになり、赤の他人と著しく柔軟な形で協力できるようになりました。
そして、サピエンスは世界を支配するに至ったのです。
農業革命は約1万2000年前に起こりました。
人類はそれまで、植物を採集し、動物を刈って食料としてきました。
農業革命とは名前からも想像できるかもしれませんが、食料を栽培化して得るようになったことです。
また、動物の家畜化と永続的な定住を余儀なくされましたが、人口は爆発的に増加していきました。
いま、世界は統一に向かっています。
そして、今日の一体化された世界の基礎を築いたのは貨幣と帝国と普遍的宗教です。
貨幣は人類の寛容性の極みであり、人間が生み出した信頼制度のうち、ほぼどんな文化の間の溝も埋め、差別することの無い唯一のものです。
貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも効果的に協力できます。
帝国はいくつもの別個の民族を支配し、変更可能な境界と潜在的に無尽の欲を特徴とします。
帝国が基本的な構造やアイデンティティを変えることなく、異国民や異国領を呑み込んで消化していくことで、社会の数は減ってきました。
私たちの眼前で生み出されつつあるグローバル帝国は、多民族のエリート層に支配され、共通の文化と共通の文化と利益にまとまっています。
そして、この帝国を選ぶ人は増加の一途を辿っています。
って感じだと思います。
次に印象に残ったことについてまとめていきます。
微分できるネコが誕生しなかった理由
私たちは、脳については、大きいに越したことはないはずだと思い込んでいます。
しかし、それが真実だとすると、脳の大きい動物が他にも誕生していたはずです。
実は、大きな脳は体に消耗を強います。
そして、その代償として、筋肉が衰えました。
今日では、大きな脳は十分元が取れますが、当時はずっと弱い生き物でした。
では、何が人類の巨大な脳の進化を推し進めたのでしょうか?
この答えは分かっていないらしく、本当に不思議でしょうがないです。
進化ってそれまでの欠点を解消したり、少しずつ環境に適応することだと思っていたのですが、人の場合は未来のことを考えて進化しているようにみえます。
そんなことって有り得るんでしょうか?
やっぱり進化のイメージ通り、筋力より少しでも道具を使える方が有利だっただけなのでしょうか。
直立二足歩行による真の恩恵?
直立二足歩行により、周りをより遠くまで見渡せるようになり、腕が自由になることで、手を使って道具を製造するなどの複雑な作業ができるようになりました。
しかし、その代償として、腰痛と肩凝りに苦しむことになりました。
女性はさらに代償が大きく、直立歩行のために腰回りを細める必要があり、産道が狭まり、出産にあたって命の危険にさらされることになりました。
赤ん坊は小さい状態で生まれた方が安全なため、自然選択により早期の出産が優遇されました。
小さい赤ん坊は、子馬と違い、自分では何もできません。
何年にもわたり年長者に頼り、食物や保護、教育を与えてもらう必要があります。
これが反対に、人類の傑出した社会的能力をもたらす大きな要因となりました。
子育ては周囲の人の手助けを必要とし、人間が子供を育てるには、仲間が力を合わせる必要があったのです。
これも非常に興味深い内容でした。
だって、広い視野と器用な手を得るために直立二足歩行になったと考えるのが妥当で、その結果得られたのが仲間と力を合わせられる能力だと考えられます。
それなのに、この傑出した社会的能力の方が、人が世界を支配する要因として大きな役割を果たしたと考えられるからです。
史上最も危険な種
認知革命から農業革命にかけてホモ・サピエンスは地球の大型動物のおよそ半数を絶滅に追い込んでいたみたいです。
これは衝撃でした。
私たちの祖先は自然と調和して暮らしていたっていうイメージが結構強いんですが、裏切られた気分です。
具体的には狩猟採集民の拡がりに伴う絶滅の第1波と、農耕民の拡がりに伴う絶滅の第2波があったらしいです。
しかし、このイメージを植え付けた社会に不信感を抱いたり、諦めたりするのではなく、今日の産業活動が引き起こしている絶滅の第3波をこの事実を通して、理解していきたいし、色んな人が興味を持つようになればなと思います。
農業革命は史上最大の詐欺だった!?
この本によると、農業革命により、人は特に食料に余裕ができたわけではなかったみたいです。
確かに多くの食料が得られるようになったみたいですが、そのため人口が増え、反対にギリギリの状況だったらしいです。
更に、狩猟採集民と違い、少ない種類の作物に依存するようになったため、天候等により、餓死も増えたり、それに備えた保存設備などによる手間もあったらしいです。
しかし、結果人口は増えたので種としては成功かもしれません。
これらは私が持っていたイメージと大きく違っていたので、驚きでした。
農耕により、確実に食料にありつけるようになったと思っていたのに、反対に狩猟採集民の方が快適な生活を送っていたとは、まさに農耕の罠です。
想像上のヒエラルキーと差別
社会が異なれば採用される想像上のヒエラルキーの種類も異なり、これまで色んなヒエラルキーや差別の形がありました。
社会によって異なるというのがポイントで、もし共通するものがあれば、それは事実なのかもしれませんが、少しでも異なるならそれは明らかに想像物であることがわかります。
その例として、自由人と奴隷人、白人と黒人が挙げられます。
他にも、富める者と貧しい者もそうらしいです。
私の感覚では、人種差別は立派な差別だし、貧富の差はそうでもないって感じだったので違和感がしました。
でも、貧富の差もよく考えると、生まれたときから存在し、簡単には覆せないので確かに立派なヒエラルキー制度だと思いました。
これらは支配者が支配しやすくするために作り出したものらしく、この違和感があるということは、私はもう誰かの虚構の上にいるんだなあと思うと同時に、これを自分で気づくのは無理な気がしました。
また、この世はもう虚構だけでできているんじゃないかとも思いました。
差別といえば男女間格差もよく聞きます。
これの特異なところは、少なくとも農業革命以降、ほとんど人間社会は、女性よりも男性を高く評価する家父長制社会で、すなわち異なる社会においても共通であったところです。
そうなれば、これは想像上のものではなく、生物学的なものに起因するものだと考えられ得ます。
しかし、その説明も筋力、攻撃性、家父長制の遺伝子によるものがありますが、どれもしっくりこないところがあり、結局理由は分からないです。
家父長制が生物学的でなく根拠のない神話に基づいているのなら、この制度の普遍性と永続性をどうやって説明すれば良いのでしょうか。
まとめ
結局、歴史は虚構の上に成り立っているということなのかなと思いました。
そして、この本自体とても面白かったです。
何故なら、色んな事柄を論理的、客観的かつ様々で私たちの世界の外から見ているように記述していると感じ、興味深い謎を提供してくれたからです。
それは、訳者によるところも大きいかもしれません。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と聞いたことがありますが、未来のことを考えるにしても、行き当たりばったりだと時間とかが足りないだろうけど、歴史を学ぶと多少は見当がつきそうになることが分かったので、この言葉の重みを実感しました。
そして、もう少し歴史を学びたいと思いました。
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面白かったので思ったより速く読め、早く下巻も読みたいです。